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zoom RSS 共有されうる幻視。

<<   作成日時 : 2007/05/28 03:03   >>

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 イタガキノブオの「ペーパーシアター」を読んでいて、ふと似たものを知っているような気がした。
 何だっけなあと考えているうちに、同じ幻想世界を持った一群の人たちがいるんじゃないかと思えてきた。
 だいたい、こう。
 空気はひんやりとしていて、澄んでいて、硬質。水も同じで、しかも水と空気の境界はあいまい。時にくじらはビルの間を泳ぎ、人は平気で水面や水中を歩く。
 月(特に三日月)が黄色か青に光っていて、その月は容易く増減し、地表近くにも下りてくる。運がよければつかまえることもできる。
 そこにあるものは、ハードカバーの本と本棚、万年筆、鉛筆。庭、沙漠、都市。それから孤独な犬、猫、鳥、魚。まったく誰か分からない、匿名の人物。たいていは男性で、おおむねは帽子をかぶっていて、硬そうな革のかばんを持っていて、ときどき傘を差している。
 影は長く伸びる。
 終わらないまっすぐな道。人はそこを、どこまでも歩く。孤独に歩く。
 静寂。
 こんな幻想世界が、どこかで共有されているような気がしてならない。たぶんこういうのが好きな人は、ガラスや透明樹脂のキューブとか、レンズのようなものも好きだと思う。
 ぱっと思いつく限りでは、漫画家のイタガキノブオ、版画家の小浦昇。女性だと、坂田靖子とか。
 たぶんまだまだいる。ファンの人でもいるし、たぶん詩や小説のひとでもいる。
 そういう人たちを集めてパーティーを開いたら、…まあ、集まったら意外と普通のひとたちなんだろうな。普通に歓談をして、名刺も交換するかもしれない。それで、家に帰ってベッドの上で、またぼんやり光る何かのことを考えたりするんだろ。ひとりで。

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